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考えるのと要望とは意味合いが違う

 この前河北新報にの2012年10月29日に釜石でJR山田線の復旧を考える集いが開催されたとの話が掲載されていた。
 内容についてはリンク先をご参照頂きたいのだが、何しろ、記事にも”山田線の早期鉄路復旧に向け、それぞれの立場で必要性をアピールした。”と書いてあるように、復旧を考える集いというよりは復旧を訴える要望大会、という内容である。

 まずは三陸鉄道の社長さんのスピーチという事で、同社が保有している南リアス線と北リアス線の間を結んでいるのが山田線という事で、三陸鉄道のイメージとしてはやはり山田線に鉄道として走っておいてほしいと考えているのだろう。

 記事ではスピーチの一部を引用して”鉄道が廃止されれば、地域の衰退が加速する。観光には重要で、北リアス線と南リアス線をつなぐ山田線は、鉄路だからこそ価値が高まる”と社長が述べたと書いている。この短い中にも突っ込みたい箇所は沢山ある。

 まず、鉄道の廃止=地域の衰退が加速、このロジックが明らかになっていない。何故、鉄道の廃止をしたことで地域が衰退するのか。
 はっきり言えば、分不相応な公共交通システムを抱えて継続的に税金投入するような破目に陥る方が地域の衰退を加速させるのではないか。

 次に、観光には重要、というところだが、鉄道が観光に及ぼす影響をロジックで示しきれていない。当然ながら、輸送密度の話をしているのかもしれないが、そもそもインバウンドがどれくらいあるのか。かのJRディスティネーションキャンペーンをしても、三陸の観光客下落の歯止めをかけることはできなかった。
 この状況で、観光客が爆発的に伸びる事は想定できず、したがって現在の乗客数を念頭に置いて、輸送密度を考えて問題ない、つまり鉄道は必要無い、という事になる。
 また、鉄道は鉄道自体にファンが多いからそれで人を呼ぶことが出来るという話もあるのかもしれないが、何しろ来る方はワンショットで、リピーターがそれほどいるとも思えない。むしろこれらのハードを維持するために投入される赤字補てんの血税を考えれば、まったくもって観光に重要、として増加した人々による経済効果とは比較にもならない。

 最後に山田線は鉄道だからこそ価値が高まる、という部分。全く持って謎である。山田線は鉄道だからこそコストが高まる。これなら話は分かる。鉄道は金が掛かるからだ。しかし価値が高まるとは何とも奇妙な話だ。
 価値が高まった結果として黒字のドル箱路線になる、そうするというのであれば、借入を社長の個人責任にして実施すれば良い。皆様もお分かりと思うが、そんなことは無理なのだ。

 つまり、百歩譲って鉄道で価値を高めたとて、以前以上のものになるべくもない。結果として赤字体質からは絶対的に抜け出せない、という事になる。
 三陸鉄道に関しても、年間の赤字幅が減少しました、みたいな話がニュースになっている。基本的に沿岸部の人口が爆発的に減る可能性は懸念されても、増える要素は全くと言っていいほど無い。
 ついては、むしろ、北リアス線は動いてしまっているから、未だ復旧していない南リアス線も一緒にバスにしてしまうなどして、経営改善を共に考える必要があるのではないかと真剣に心配になる。

 その他、利用者からの声が出ているが、国の支援も必要という話については、当然、復旧後採算がとれるというのが支援の前提になるであろうし、お母さんが大変そうだ、というのについては、鉄道だろうがバスだろうが関係ない。

 最後の教授の言葉、鉄道と地域発展をどう結び付けるか考えてほしい、との事だが、教授が考えて解らない事を一般の者が分かる訳がないだろうと。そういう事だ。結局、まともにコスト意識を持って考えている人間がいるのかとても不安になってくる。

 JR山田線を復活するに当たり、地域一人当たり、これくらいの負担が必要です。チケットはこれくらいでないと採算が合いません。数字で話をした方がいい。イメージできる数字になって初めて議論というのは真剣みが増すものだ。

| kulo. | 08:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
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