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しがみつきJAPAN 大学と文科省編
 面白い文章があったのでご紹介したい。何でも大学の改革がうまくいっていない、という話である。

 詳細については記事をご参照頂きたいのだが、まあ簡単に言えば既得権益に群がるまさに亡者どもの話である。この場合の具体的な亡者は誰かといえば、文部科学省、大学の教授連中だ。

 文部科学省は、国立大学の時代は自分たちがお金を大学にあげる側の立場であって、これは大変心地の良いものであった。何しろ、お金くださいお金くださいと必要以上に上げてくれるものだから、その気になってしまうというもの。もちろん、これは、文部科学省のお金ではなくて、我々の値と汗の結晶である血税である。

 話は幾分か脱線するのだが、行政の連中と話をしていると、俺がつけてやった、いう訳の分からない話をし始める人がいる。より具体的に言えば「俺が補助金をつけてやった。」という意味なのだけれど、まず問題なのは、あなたが決定権を持っている訳ではないでしょうと。そういう権限はあなたにはありませんという事で、こういう誤解をする役人がいると住民にとって百害あって一利為し。早々にやめてもらいたい訳である。
 加えて、人の金をどうこうして偉くなったと錯覚している。これは銀行マンも同じような傾向がある。俺が貸してやったと、人の金で商売していることをすっかり忘れてしまう連中がいるのだ。
 何ともこういう心境にハマってしまう連中は本当に可哀想というか、人間としてどうなのかなと感じる。そういう立場も役割も全部とりはらった際にその人の魅力がどれだけ残っているのか。正直、スカスカな人ほどこういう傾向があるなと感じる。

 さて置き、まあ、そういう事だから、偉い気分になれるこういう環境は積極的に壊したくない訳で、文部省からいえば(アホな)政治家が(気まぐれで)言ってきた事を真に受けていては体が持たないとばかりに、いかようにでも解釈できる骨抜き条文を沢山仕込んだ法律を作ってしまって、それで文科省としては幾分のゆるぎもなく、旧国立大学をコントロールし続けると。そうやってまたいい気分にしてもらおうとしている訳だ。本当にお気楽というか暇な連中だ。

 ある意味で、論に合理性がありそうな話としては、あまりにも大学のレベルが落ちると大学卒というブランドというかが揺らいでしまうことと、経済原理に任せてしまっては本当にヤバい大学が出た際に、通っている生徒に不利益が生じる可能性もある。そういう状況を回避する為に、文科省が適宜適切な指導をしなければならないのだ、とする考え方である。
 結果として、こういうことをしているから、本来つぶれなければならない大学が残ってしまっているという現状もある。生徒には厳しいかもしれないが、それが現実だ。そういう大学を選んだ自分を恨むしかない。もしくは救済措置として近隣の大学に吸収すれば良い話ではないのか。学部が無いなどの話は在るかもしれないが、そういう完璧な移行を要望できるような状況ではないだろう。

 いずれ、そういう事だから、文科省は今すぐにでもこういう大学への過干渉をやめるべきである。そして、他の教育問題だとか、いじめだとかそういう問題の解消のような本質的な問題に時間を割いてほしいと感じる。
| kulo. | 08:00 | comments(0) | - |
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