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アメリカの主張はどうなのか 車の観点から
 全く日本の消費者の事など微塵も考えていないアメリカ。相変わらずのごり押し外交でヘロヘロになっている感じではあるが、今回は車についても見てみよう。

 今回のアメリカの主張の中でも特に滅茶苦茶なのがこの車に関してだ。言い分としては、日本でアメリカの車が消費者から支持されず売れないのはフェアーじゃない。だからもっと日本国民はアメリカの車を買わなければならない。
 安全基準が大きい障壁となっているので、これをアメリカ基準で売れるようにしろ。軽自動車は狡いので税金を高くして売れないようにしろ。アメリカは技術力が無くて軽自動車は作れないし、作る気も無いと。

 ダメ押しはこの記事だ。アメリカ車の輸入目標数を定めよと。つまりこの分は買え、という事だ。
| kulo. | 08:00 | - | - |
アメリカの主張はどうなのか 農業の側面から
 TPPに関して本当のところアメリカの主張というのはどうなのだろう。コチラに興味深い記事が掲載されていた。

 結局のところ、買う側の日本が攻められている状況でフェアじゃないから開放しろという話。これはアメリカだけでなく、カンガルーの国、その他のいわゆる日本に食品を売っている国は同じ立場、という事になる。

 何を持ってフェアとするか、という話がある。基本的に日本で流通させる食品はこういうルールのもとで流通を許すと。そういう事で非対応のものについては一蹴していけばよいのではないだろうか。

 それと、関税を掛けて国内の産業を守るのはある意味で当然である。正直、アメリカなどは国内の生産者が首をつろうが身投げしようが知ったことではないのだから。
| kulo. | 08:00 | - | - |
外務省も空振りの匂いが
 昨日はどうも今回は米国を持ち上げる論調がメディアに少ないという事で、今までのアメリカ対応とはちょっと違う感じがした。

 相変わらず外務省のアメリカン・スクールは国賓対応という事で、ドヤ顔でオバマの訪日を決めてきた感じがあるが、結果として国民にはそれほど外務省やったな、という感じも無く、外務省の優等生も、あれ、ボキなんでほめられないのかな、みたいな感じになっているのではないだろうか。

 理由は簡単で、今回は関係を深める為の訪日ではなく、あくまで保身に走っているオバマが手柄欲しさにTPPを何とか決着したいという事でやってきたというのが本当に所だからだろう。
| kulo. | 08:00 | - | - |
改めてアメリカ
 オバマ大統領が訪日して報道関係はオバマの話題が多かった。1回目の熱狂的な歓迎ムードからすると何だかショボい感じもした。

 今回の目玉としてはオバマはTPPを何としても合意に結び付けたいという話だったようだ。特にも自動車と豚肉のロビーがかなり大騒ぎしているようで、ここの対応が顕著だったとの事。
 甘利大臣はタフネゴシエーターとして名を残すことになろうとは思っても見なかっただろう。まあ、よく踏ん張ったという感じだ。

 報道もどちらかというと、アメリカ様様というよりは傍若無人なアメリカ、というコントロールが為されているように見える。
| kulo. | 08:00 | - | - |
変え続けるという事について、変わらないというスタンス
 何かと話題に出てくるFacebookだけれどもここ1,2週間でも気になるFBがらみの記事に2件ほどであった。

 1件目の記事はFBがティーン投稿の公開を許可したというコチラの記事。そして2件目は、FBが暴力的な映像のアップを許可する、という話だ。
 どちらも詳細については記事をご覧頂きたいのだが、取り上げているのがWSJとCNNという事で、FBの世の中的なプレゼンスの大きさを図らずも感じてしまうような状態だ。

 1件目の記事をより詳細に見てみる。どうもこれはFBとその他のソーシャルメディアとの戦いの中で、既にティーンからはFBはダサいといわれてしまっている事もあって、利用者がどんどん離れているという話もあるから、この引止め策を講じるという話。
 FBのティーン分析は、結局ティーンは目立ちたいのだという結論に至ったようだ。ところが、仕様上FBはティーンの投稿の公開を認めていない。ついては、これを解禁して誰にでも見せられるようにしようというもの。
 正直、そこまでティーンの連中に不特定多数への自己顕示の欲求があるのだろうか。個人的には全くピンと来ない。実名であるからこそ様々なメリット創出ができているFBと、それ以外のゴミSNSを一緒にしない方が良いと感じる。
 結局ティーンの連中は実名でないネットの匿名性を隠れ蓑にして溜まっている10代のストレスを発散させているだけであって、そういうはけ口の役割をFBが果たす必要も無いだろうし、何しろ匿名だからやれるのであって、実名でそれをやるような腹のくくれたやつはいないだろう。
 という事で、FBが期待しているよりも効果が上がらないのではないかと感じる。

 2件目の話は暴力シーンを解禁しましょうという話。この話を見るに、Facebookとしては2チャンネルではないが、プラットフォームとして極力自らの価値観を排し利用者側の判断で掲載ネタを決められるような、そういう所を目指しているようにも見える。
 個人的には運用に関しては自己責任で良いようにも思う。システムとしては、不適切だと思われる投稿があがった際にこれをすぐに非表示にできるであるとか、クレームが入った記事は出現頻度が下がるとか、もしくは自分でレーティングをさせて、そういうレーティングのものは表示しないでくださいと、見る側が制御できる仕組みにしてもよいかもしれない。
 いずれにしても、最終的には個々人の感じ方など一様にできる訳も無いので、なるべくなら、公序良俗に反しないレベルでは、使用者側のモラルに委ねるというのもいいのではないだろうか。これこそが実名性がもたらしてくれる一番の価値ではないか、と感じる。

 しかしFBは本当に変化というものを恐れない企業だ。朝令暮改といえば失礼かもしれないが、変わることについては変わらない企業、というイメージがある。
ベン・メズリック
青志社
¥ 1,680
(2010-04-06)

| kulo. | 08:00 | comments(0) | - |
hontoのところはどうなんだ
 最近、書籍購入にhontoを利用している。単純にアフィリエイトの際の戻しが良いためだ。

 それまではAmazonを使用していて結構便利に使っていたので、いまだにhontoに対しては違和感があるところもあるが、登録しておいた著者の新作が出た際にリマインダーが飛んで来たりするサービスはありがたいと思って使っていた。
 今回は、このリマインダー機能にやられた、という話だ。

 事の発端は、絶対可憐チルドレンという椎名高志先生の作品。椎名先生の作品はGS美神 極楽大作戦から読んでいるのだが、個人的にギャグのセンスと話の展開のテンポが大好きでそれ以来、作品には目を通すことにしている。
 椎名先生の作品に関して話をしておくと、個人的に感じている特徴はキャラの立て方が本当にうまい。あれだけのキャラクターが出てくるのに各々がちゃんと立っているというのはある種の才能だろうと。
 多キャラ漫画でいえば、椎名先生がアシスタントをしていた高橋るみこ先生なども同じことが言えて、各々のキャラにファンがついているというほどに個性豊かなキャラクターが動く。ジャンプ系でいえば、やはりハイスクール奇面組などを書いていた新沢先生だろう。新沢先生なんかはキャラ一つ一つの設定をとにかく作りこんで動かしていくタイプ。椎名先生の方法はわからないが、最初に出てきた段階でかなりキャラ立ちしているから、あまりかき分けが云々みたいな苦労はないのではないかと勝手に読んでいて思っている。

 いずれ、この絶対可憐チルドレンの案内がhontoから届いて、そこには予約するのボタンがあった。何も考えずに予約していたのだが、どうもあとからまた案内が届いていて、これも予約していたようで、まさにダブル・ブッキングしてしまったのである。笑えない冗談だ。
 Amazonであれば、○月○日に予約しています、なり購入していますのサインが出る。であるので、購入のかぶりを回避できるのだ。
 この被り購入について、マンガ読みなら必ず経験したことがあるはず。実際、何巻まで自分が持っているかなど管理している人はいないので、あれ、新刊が出ているななどと、本屋で平積みになっているのをみるとつい買ってしまって、家に帰ったら持っていた、みたいな話は結構ある。

 ネットからの購入がメインになって、Amazon先生にはそういうアナウンス機能があるので、今まで被りが無かったのだが、何とhontoにはそういう機能は無し。久々に痛い被りだ。

 筆が乗ったので、明日もこの話題にする。
| kulo. | 08:00 | comments(0) | - |
車でテレビ その1

 家から少し離れているところに駐車場があるので、いつも妻か私のどちらかが車を取りに行って、家の前まで乗ってきてピックアップするというような事をやっている。

 先日、随分と妻が家から出てくるまでの間があって、そういう時に限って気まぐれについていくと言った子ども2人も一緒だったりするので何とも大変だったのだが、これを待っている間、ナビシステムについているテレビはとても有難かった。
 何しろつけているだけで、二匹の怪獣が静かになっているのだから、ある意味で我々にとっては魔法の箱。テレビをここにつけようと考えた開発の人に改めてお礼を言いたい。

 一方でいたずらにこういうものがついているとアイドリングが減らないなとも感じた。何しろテレビをつけておくためにエンジンをつけっぱなしにしている訳だから、妻が準備して出てくる間、ずっとアイドリング状態である。
 ナビがついていない車を使っていた以前であれば、こういう状態になった際には、エンジンを切って社外に出て何かその辺の芝生などを見ながら昆虫など探したりして時間つぶしをしていたのだが、テレビが付いていると思うと不思議とそういう気持ちにもならないもので、何ともテレビ・マジックという風。
 結果、出発までには結構な時間が掛かったのだが、何だかやたらとアイドリングが気になったというか、これであればわざわざ小さいTVに三人でかぶりつくような話ではなくて、一旦、エンジンを切って、家の中に入ってテレビを見て待っていた方が良かったのではないかと感じるほどである。

 いずれ、そういうエピソードがありながらもトータルとしては、子供がいる家庭において、走行中の子どもの退屈さをテレビが紛らわせてくれるというのは本当にありがたい話なのである。

 こちらの記事に面白い事が書いてあった。何でも走行中にテレビを見るという習慣はどうも日本に限られた話なのではないか、という記事である。
 理由としては単純明快で事故につながるから。特にもダッシュボードのあたりにこういうテレビ的なものを設置すること自体、禁じられているところもある。
 ではテレビを見ないのかと言えばそうではなくて、それこそ後部座席用のモニターだとかが充実していてそちらで見ているのだとか。
 加えて記事でもニーズが無いから、海外輸出向けの商品についてはテレビ機能をカットしているというコメントがある。
 という事で、腕や技術が無いからそういう事態になっている訳ではないらしい。

 それでは何故、日本だけそういう文化が定着してしまったのだろうか。それは明日考える事にする。

| kulo. | 08:00 | comments(0) | - |
実は乗せられているだけかもしれない

 一昨日、昨日とマクドナルドの60秒キャンペーンについて取り上げていた。まあ、様々と出てきているようで何よりである。

 ここで面白い話がある。どうやら店舗の声を聞いていると、かなり売り上げがアップしているというコメントがあるのだ。実際、大変だったという話と、もうこの期間には入りたくないというような愚痴も多数あるのだが、これらも結果としてはお客さんが多いために起こっている愚痴と考えれば、このキャンペーンの結果として多くのお客さんが押し寄せている、とも考えられる。

 ゲーミフィケーションという言葉があるのだが、どうもこれは買い物をゲーム化する事で売り上げ増加を狙ったものだ、と考えている専門家もいるようだ。つまり、60秒を守れるかどうかという店側と客側とのゲームである。
 これらの結果として、結局はお客さんがたくさん来て、売り上げが上がるというのだからキャンペーンは大成功である。
 加えて、こういうプロセスの中で60秒以内の目標を立ててリードタイムを早くしようと頑張る訳だから、多少なりとも店舗の足腰を鍛えることになる可能性もある。

 まあ、ここまで見てくればマクドナルド、ここまですべて見越した展開だったかという話になるのだが、しかし、商品をめちゃくちゃな状態でお客さんに渡したというのは、これは絶対にやってはいけないミスの一つだ。
 基本的にはお金を払って外食する以上、一定の品質は保証していかなければならない。前に取り上げたのだけれど、この品質と提供スピードとはトレード・オフの関係なのでどちらを重視するか、と考え始めるとある意味で、その時点でのその企業の価値観にあわせてどの交差点をとるのか、という話になってくる。
 厄介なのは、マクドナルドはフランチャイズであるから、あの店とあの店とで、味や内容が違うというのは基本的にNGである。それがこういう形で出てきてしまったのはある意味で痛恨である。

 加えて、昨今のIT社会はとにかくこういう見過ごせないことを共有するスピードが早い。写真入りでネット上を駆け巡った情報は、本当か嘘かは直接見ている訳ではないからわからないのだけれど、明らかにマイナスのイメージである。ネット侮るべからずであるなと改めて感じる。

 いずれにしてもそういう事で、この記事自体が間接的にマクドナルドの売り上げに貢献してしまう可能性もある訳で、そういう意味で抜群の話題作りであり、まんまと多くの人間がこれに乗せられているのだなと思うと、何だか様々と空しくなるのである。

| kulo. | 08:00 | comments(0) | - |
情報を出さなければ離れていくのではないかという懸念

 引き続き昨日取り上げたアンケート結果について。アンケートの次の項では情報提供ニーズについて取り上げている。

 正直、先日見た内容を踏まえれば、この情報提供については自治体としては頑張らなければならないところだ。何しろ61%程度が、帰ってくるとは言いながらも帰る時期を決めかねていたり、そもそも決めかねていたりしており、現在既に34%弱については他の自治体で定住してしまったという話もある。このような中で情報提供がしっかりなされないと何が起きるのか。それは明明白白、単純にこの34%の数字が大きくなるだけだ。

 アンケート結果には今どういう情報提供を受けているのかという話も掲載されているのだが、これについてはあくまで欲しい情報に対して提供がどうなっているのか、という比較用の質問である。
 一番聞きたいところは、どういう情報が欲しいか、という話。結果を見てみると、これは県外・内陸問わず、ダントツで被災地の情報が一番上に来た。当然、上記で計算した通り、61%はどうしようかと思案している訳であるから、その除法ニーズはあるのである。

 意外と上位に挙がっているのが、現在居住している地域の広報誌。これはやはりただ避難しているのではなくて、生活しているのだというところが如実に出てきている部分だ。
 内陸のデータでは特に気にかけねばならないデータが見られる。情報ニーズの第4位は何と、居住している地域での住宅情報である。つまり、定住者が増える可能性が示されているのである。しかもパーセンテージとしては、19.8%と、第3位からは少し離れたがそれでも少なくない数字だ。

 そして震災前に住んでいた市町村から受けたい情報について。これは県外、内陸ともまちづくり・復興の進捗状況や説明会の情報。これはその通りだろう。現場で復興に携わっている方々からすれば、このニーズをガッチリと掴んでUターンを現実のものとせねばならないのである。裏を返せば、この辺の情報の出具合によっては更に故郷と避難者との心の距離が大きくなる危険性もある、という事になる。
 それとやはり大きいのが、住宅再建支援の情報、災害公営住宅入居に関する情報と住宅関係の情報ニーズが強い。端的に言えば、住む場所も無ければ帰ろうにも帰れない、という事だろう。

 これらの情報を避難者はどういう形で入手しているのか聞いたのが、次の問いである。一番多いのが、被災前の市町村からの広報誌等の郵便物、である。それは住民を避難させている市町村としては必至である。このまま避難先で定住されてはただでさえ人口が減っているところに追い打ちをかける形で人口減少が加速度的に進んでしまう。これを何とか食い止めんとする気概が伝わってくる。
 そして2番目に大きいのがテレビだ。これは正直、あまりいい方向には寄与していないのではないか。そもそも、民放にこの辺を期待するのはお門違いというものだ。というのも結果としてスポンサーが付かなければ番組は作れない。そういう観点で言えば、被災地の暗いニュースは影をひそめ、何となく瓦礫も無くなって、ひょっとしてもう元どおりになっているかもしれないと、そんな気分にさせる程度に番組は能天気だ。
 このメディアを通じた被災地の印象操作については、広域でお金を出し合ってでも何とかしていかないと、本当に2年も過ぎたあたりから更に忘れ去れていくのではないかと心配している。
 それと、個人的に興味を引いたのは、友人や親せき、家族からの口コミである。市町村の方々は直接被災者とやり取りするだけでなくて、地元に残っている方々に更なる情報発信をしていくことで、このチャンネルを有効に利用できるという事を再確認した方が良いだろう。

 そして無ければよいなと思ったが、やはり出てきたのが、「入手していない」というもの。これは完全に地元から離れてしまう傾向だ。とはいえ、既に移転先での生活が成り立ってしまっているが、故郷への未練が絶ちがたいので、あえて情報へは触れないようにしている、という話なのかもしれない。

 いずれにしても、この情報戦が人口流出への歯止めをかける手段のかなり大きい担いを負っているといえるだろう。

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サンタさんはいないといつ言うか

 クリスマスに関して非常に悩ましい問題、それは子供にサンタさんが実在しないとどのタイミングで告げるか、というものだ。

 これには様々とあるようで、うっかり7歳くらいの子供に先生がサンタなんていないと言ってしまった話が事件扱いされてみたりだとか、サンタはいないというCMに苦情が殺到したりと、何ともここまで来るとヒステリックな感じだ。

 こちらのブログを見てみると、何でサンタはいないと分かったのかという問いに対して、つじつまが合わないから、という何とも切ない理由で気づいたという人が二割強で一番多かったという事だ。つまり、嘘がバレているのにヒステリックに信じさせようとしているのはむしろ親側である、って事でもある。

 つまりこの、つじつまが合わないってのは、例えばサンタは外から入っているのに何で窓の鍵が全てしまっていても侵入できるのか、サンタクロースがたとえば精霊だから、という事だとしてもプレゼントは実体があるから、サンタだけ入ってしまってプレゼントが窓のところに引っかかるのではないか、そもそもサンタがやっている行為は家宅侵入に加えて、中身が分からない不審物を放置していく問い事で本当に犯罪行為にまみれていると。そんなあたりの話を総合した話なのだろう。

 かつ、一番の原因は大人である。何しろお金が絡むので、サンタクロースからと親からプレゼントを素で二重取りしようとする子どもにナチュラルにいらだちながらも夢を壊さないようにと変な説明を重ねるというのが、これが一番不信がられる原因であろう。

 さて、ここで気になってくるのはいつくらいまでサンタクロースを信じていたのか、という話。コチラのサイトによれば、最初から信じていなかったという人も多いとの事。つまり、分かっていてそれでもプレゼントがもらえるからそういうふりをしているという話だ。人間、生まれながらに賢い、という話だろう。

 一方でこういう話もある。何でもサンタクロースを信じた期間が長いと、それだけリア充になる、という話である。何だそりゃ、という話もあるのだけれど、統計としてはどうもそういう話のようだ。まあ、母数の話もあるだろうし、ちょっと眉唾だけれども、親がそれだけ子供と関わっているというあたりが関係しているのだろう。

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