Page: 1/5   >>
マクドナルドを久々に訪れる

 昨日はマクドナルドの売り上げ不振の話について取り上げたが、今日は先日、マクドナルドに久々行って来たのでこの感想を纏めておきたいと思う。

 当に昨日これも取り上げた内容なのだけれど、家にマクドナルドからクーポンが送られてきた。ホット・グルービー・ビーフというのがかなり美味しそうだったのと、何でもマック・ポテトにチーズを掛けて食べるというカロリーがとんでもなく高そうな食べ物があって、これが何だか妙に気になったので、行ってみることに。
 こういうクーポンが出された次の休日の昼はかなり込んで車も止められない程の感じだったので、少し時間をずらしてかなり遅めの昼食に向かう。それでも車がほぼ満杯という事で、ドライブするーに至ってはかなり並んでいたから、まあ少し遅れていって大正解、というところだろうか。

 店内に入る前に車の中で、どれにするかクーポンを確認して決める。個人的にはホット・グルービー・ビーフで気持ちが固まっていたので、これにしてあとは、家族のメニュをクーポンの中から決め、いざ店内に突入する。
 すると時間もかなりずれているというのに、ボックス席というかはかなり埋まっていてちょっと待たないと座れないほど。店内には、かなり大きめの机があって、これがグループでも一人でも座れるようなとても中途半端な感じのテーブルなので、とりあえずここに席を確保。程なくしてボックス席が一個空いたのでそちらに引越しという流れだ。

 レジはこの前の記事を見たのか知らないが、かなり長蛇の列。特にマックのハッピーセットを選ばせると時間がかかるという事で、今回からなのか選べないでボンボンと袋を渡すシステムになったようだ。まあ、こうなれば探したり入れ替えたりそういう時間が短縮されるので、ここは確かに割り切るべきであるし、こういうクジ的なルールになったとなれば、それこそ全てコンプリートするまで買い続けるツワモノも現れる可能性もある。この判断には賛成だ。

 かなり待ったといえば待ったのだが、程なくしてやっと商品をゲットし家族が持ってきた。ホット・グルービー・ビーフは予想を超える味ではなかったけれども、予想通り美味しかった。これはありだ。
 むしろ全くいけていなかったのが、新しいポテト。クラシックフライWithチーズという名前らしいのだが、何ともどうでもいい味。これならば普通にマックポテトを食べたほうが絶対に美味しい。
 はっきりチーズが美味しくないのだ。何か無駄に客単価を上げられたような、そういう思惑に乗ってしまったようですごく悔しい思いをした。

 結果として今回感じたのは、マックの商品開発力が落ちている、という事だ。これは競争力の根源に係わる問題なので、しっかり対策しなければならないだろう。もう一度、商品開発力が確実に落ちている。美味しくないものに払う金は、今の世知辛い世の中、無いのだから。

| kulo. | 08:00 | comments(0) | - |
先祖がえりしていく学校

 何だか知らない間に学校が大変なことになっているようだ。その最たる例とも思えるのが、土曜日の学校登校の復活であろう。

 こちらの文部科学省のサイトを見て頂くと知らない間に立派なコーナーまで出来ていた。用意周到な感じである。実際、議論としてはゆとり教育の反動として、やはり詰め込みが必要だと。しかしながら時間数は限られているから、昔くらいハードに詰め込み教育をするためには土曜日を使ったほうが結果としては楽だ、という話がまあ雑に言えばそういう話のようだ。

 何とも不思議な話だ。丁度、私が高校3年生の頃だろうか。学校が土曜日休みになり始めた。学校週5日制というそうなのだが、Wikiに書いてある当に1992年9月が高校生だった訳でそれこそいきなり土曜休みが始まったのである。
 しかし、高校3年生という事もあり、結果としては模試に格好の時間を与えることとなり、土曜日学校に出ていた時よりもむしろハードになったのではないかと疑うほど。休みなのに土曜日出なければならないのも何だかな、もちろんそれまでは登校日として出ていたのにもかかわらず、と感じたことを思い出した。

 実はこの学校5日制だが個人的にはもう少しエピソードがある。何と大学入試の2次試験、これは面接だったのだけれど、このお題が「学校5日制についてあなたの意見を述べなさい」というものだった。これを口頭で座っている教授連中にかませ、という話だったのだ。
 1次試験でかなり終わったと思われたので、まあ吹っ切れて遠慮なくガツガツと批判した事を覚えている。確か、「結果として生徒は休める訳でもなく、模試の実施に最高のエクスキューズを与えている。そもそもゆとり教育という事で、休むのが前提で実施されたはずの土曜休みなのに、全く生徒は休めていない。当然これは導入前に想定された筈の話であって、これを見越した上でなお、土曜日を休日にしようとした連中の思惑が全く分からないし、仮にあったとすれば周知義務を怠っているのではないか、そう感じる。」みたいな話をした記憶がある。
 今思い返してみても、まあ、それなりのことは言っているなとホッとするのである。

 さて置き、そういう経緯の中で始まった週休5日制であるけれども、現代においてはむしろサラリーマンが週休5日制になってしまっていて、そういう体制の中で子供だけ登校するというのが制度としてなじむのだろうか、というのは甚だ疑問である。
 また、学校の拘束時間が長くなるのだから、ただでさえコミュニケーションを取る時間がなかなか取れない現代であるのに更に減らされると感じるのか、それとも学校丸投げに出来てしめしめと思うのか。この辺のばらつきが大きいことも、こういう議論が起こってきた要因のひとつであろう。

 土曜日ぐらいは家で子供の稽古をつけてやる、くらいの話のほうが結果としては良いように感じている。

| kulo. | 08:00 | comments(0) | - |
大人ツタヤじゃなくって何ツタヤですか

 今週は3回目のTSUTAYAの話。前回はグルーっと店内を練り歩きながらケチをつけていくというところで、おもちゃを取り扱うところまで来た、という感じ。

 おもちゃ屋としてはボーネルンドが入っていた。ボーネルンドはおもちゃの輸入・開発・販売をしている会社で、いわゆる子供によい玩具を売っている会社。言いたくはないがこれはTSUTAYAが初上陸ではなくて、Nanakの平金パステル館が既にボーネルンド取扱店みたいな事になっていたから、はっきり目新しさは無い。
 しかし、売り場面積的にはかなりの大きさがあったので、平金よりはモノが沢山おいてあって、実物を見ながら買い物が出来るというのは、特にもボーネルンドのように見た目、質感、音などを大事にする販売元からすれば非常に条件がよいはず。という事で、ここに来てTSUTAYAと平金との仁義無き戦いが勃発するのである。

 目を覆いたくなるのはその先のおもちゃコーナー。はっきりコジマかヤマダかと思った。扱っている商品は何ともポリシーが無く、その辺の家電屋に申し訳なく設置されているおもちゃコーナーと同列だ。これは本を買いに来た人のついで買いを見込んで置いているのか、それともどういう趣旨でやっているのか。ポリシーが全く見えない。
 TSUTAYAはCCC、カルチャー・コンビニエンス・クラブが展開している。この棚のどこにカルチャーがあるのだろうか。ひょっとしてこういう店舗構成で盛岡の人たちが満足するのではないかと誤解しているのだろうか。それであれば大いなる誤解だ。

 特にもこのコーナーは本当に駄目だと思う。売れるから置く、では駄目なのだ。そういう連中に見た事のない世界を提案して文化の裾野を広げていくのがCCCの役割ではないのか。その辺の家電屋の申し訳で置いているおもちゃ棚と価格勝負したいのだろうか。
 本当にこの棚というかおもちゃエリアについては、田舎モノと馬鹿にされた気もするという意味での怒りと、やりたい事が全く見えない困惑、そして最後は価格競争に落ちいって、赤札を付けて在庫をセールしていくようなおよそ文化とは程遠い展開が見えてくるという意味での悲しさ、様々な気分になる棚であった。

 そこから、特に取り立てて新しさがない子供のエリアを抜けて書籍コーナーに入った。そうしたところ、ここに来てさすがTSUTAYA、という感じになってきた。この辺は明日。

| kulo. | 08:00 | comments(0) | - |
大人ツタヤじゃなかったのね

 昨日から盛岡に出来たTSUTAYAの件について取り上げている。文房具エリアで見えているレジが1つしかなく長蛇の列が出来ていたという話だ。

 あそこに替え芯一つ買うために並ばなければならないのかと思うと頭が痛くなったので、近くの店員さん、これも小走りに行ったりきたりしていてお客さんの数に対して全くスタッフが足りていない感じがしたのだけれど、に確認すると、どのレジでもOKです、との事だった。
 あ、そうですかと。中央の集合レジ群もオープン時期という事もあってかなりの込み様であったけれども、1個のレジで延々と対応している文房具エリアよりはましだという事でそちらに並ぶ。

 ここで言いたい事としては、多分、あそこの文房具のレジに並んでいる人たちの殆どが、文房具はこのエリアにあるレジでないと買うことが出来ないと、そういう風に思い込んでいたにちがいない。つまり従業員が、レジはあちらでも大丈夫です、ゆっくり他のお買い物をしても全てあちらのレジで対応させて頂きます、みたいなアナウンスが一つあれば、店に来て並ぶなんていう馬鹿馬鹿しい事をせずにその辺を見て回って、必要があるもの、ひょっとしたら無いものまで買って、それでレジに並ぶことだろうに、それを一切しないのである。

 私がこの質問をした店員さんは忙しそうに走って行ってしまった。別に店員さんが手を抜いているという話ではなくて、全体の合意事項として、こういう事を想定して段取りしておく必要があったのではないか、という話だ。
 しかし、仮にこれを準備していたとして、これを館内放送で案内してしまっては折角のコンセプトTSUTAYAが台無しである。これをやらないようにするのがデザインの力であるし、準備なのだろう。そういう高い意識を持って全国に先駆けてオープンしたのが盛岡店なのではないのだろうか。

 文房具エリアから歩いていくと、レンタルCD、ビデオ、ゲーム、などのコーナーに。これは、ハッキリ言えばGEOとさして変わり無いという風。ある意味で何も感じないエリアだ。新しい物を見に来ているのに、実際はその辺にあるような既存店舗が質悪く入り込んでいるという風で、われながら苦笑してしまった。

 更に更に奥の方に歩を進めていくと今度は子供のおもちゃコーナーがあった。こちらについてはどうだろうか。明日へ続く。

| kulo. | 08:00 | comments(0) | - |
大人ツタヤではなかった

 先日盛岡に出来たTSUTAYA盛岡南店に行ってきた。今日はその感想を書いていこうと思う。

 まずは概観から。以前、ホーマック・スーパーデポが入っていた建物で実質的には外枠は塗り替えのみでそのまま使っている形になっている。なので、無駄にエントランス部がセットバックしていたり、必ずしもTSUTAYA本来の機能としては必要としないような概観になっている。

 看板はTSUTAYA・本の見慣れた看板。この辺も良い意味で言えばブランディングが徹底している、悪い意味で言えば代わり映えしない感じという風である。
 雨が若干降っていたこともあり、2Fの駐車場から入る。この2Fの駐車場に上がっていくという状況自体、かなり郊外店な感じがして、それだけで個人的にはげんなりなのだけれども、まずは2F入り口近くのベストポジションをキープできた。
 2Fの入り口から入ってすぐのところにクレーンゲームであるとか、そういう簡単なゲームコーナーが設置されていた。何ともこの辺の感じが、誰もいなくて無機質なゲームの機械音だけが鳴り響いている様子は何とももの寂しいというか、当に郊外店という感じがしていただけない。
 このビジュアル的に見てどうみても田舎くさいというか、この辺に、ひょっとしてTSUTAYAは盛岡の事を田舎だという認識で店舗設計したのではないかという不安がよぎった。

 フロアを降りて見て店舗を回り始める。決して分かりやすいとはいえない陳列の文具コーナーから。何か新しい出会いがあるかもしれないからという事なのか、棚がアクセントを付けて縦なり横なりに置いてあるのだけれど、どうにも分かりずらい。
 これであれば、みたけにあるM'S EXPOの方が断然分かりやすいし、通路が広い分、ゆっくり見られるようにも思う。TSUTAYAもどうだと言わんばかりの品揃えなのかもしれないが、盛岡の人からすれば、前述のM'S EXPOに加えて街場にはNanakの平金パステル館もある。そういう観点で言えば、全く目新しくない。
 しかも、ボールペンの黒インクがたまたま切れていたので替え芯をしようと思って行ったのだけれど、平金であればレジのところに持っていけば、店員さんがさっさ、とやってくれるので何の苦労も感じた事が無かったのだけれど、何とTSUTAYAはレ・セフェール。何ともこれには困った。
 悪い事はまだまだ続く。文房具エリアで見えているレジは一つ。これに対してお客さんが群がっている状況なのだ。これでは替え芯一つするのにどれだけ時間がかかるのかと頭が痛くなってくる。

 長くなったので明日に続く。

| kulo. | 08:00 | comments(0) | - |
安いぞ安いぞヤマダ電機

 ヤマダ電機が大変な事になっているらしい。端的に言えば予定している数字をあげられずに困っているという話である。

 詳細に付いてはこちらの記事をご覧頂きたいのだが、ハッキリ言えば当たり前の話だ。安売りをすれば手元に残る利益は下がる。結果として、苦しくなるのは当たり前である。
 加えて、記事中にも記載されているけれども、プラズマテレビへの切り替え需要であるとか、エコポイントであるとか、それこそ何とか市中で金を回そうと実施されたばら撒き作戦の恩恵にあずかったというのがヤマダ電機好調の理由であって、これらの特殊要因が除かれればその辺の小売と一緒な訳である。

 加えてメーカーはシビアだ。数が出ているから、各メーカーともペコペコと頭を下げてやってくる。勿論買う側の立場が物凄く強いからメーカーは無理難題を押し付けられる。それでも、条件を飲めば数字を出してくれるという事で、ある意味妥協的な合意が為されていた訳だ。
 これが、ヤマダが売れないと分かれば、何でこんな理不尽な話になっているのだと。はっきり言えば、お宅じゃなくても売るところは沢山あるんだよと、一気に攻守逆転である。しかも今まで散々とむごい事を言って買い叩いてきた経緯があるので、メーカーサイドとしてはこの時とばかりに倍返ししてくるに決まっているのだ。

 ハッキリ言って、特に技術がある訳でもないヤマダ電機のような商売はとにかく規模を大きくしてグロスのスケールメリットを出しながら超接近戦での体力勝負をかけていくしかないのだ。結果としてこれが何を生み出すかと言うと、敵も見方も皆を巻き込む形での地獄へ一直線に転落していく物語りである。
 当たり前だ。そもそも買う側からすれば、安くないヤマダ電機から買う理由が無い。価格が出せないのであれば、インターネットから購入すればよいのだ。
 それでもヤマダ電機がかわいそうだなと思う部分もある。実機が展示してあるという事で来るだけ来て触ったり機能を確かめたり散々とやられた挙句に、家に帰ってネットで購入というパターンだ。これは本当に大変だ。そもそも実機を展示しているだけで電気代もかかるし、人件費だって必要だ。これを使われるだけ使われて、最後は全くそういうところに金をかけていない倉庫だけしかないようなネット会社、勿論間接費が少なくて済むので、ヤマダよりも安い価格を提示できる、から買われるのだから、たまったものではないだろう。

 いずれ、こういう業態というのは自ずと無くなっていくのではないか。つまり、右から左であれば、物流がしっかりしていれば、結局はネットで買うのが一番安上がりであって、そういう世代が着々と大きくなってきているという話である。

 ヤマダは住宅関連の商材を増やすことで起死回生を図っているようだが、どうなるだろう。人口が減り、家はむしろあまってくると思うのだけれど、ヤマダなりに勝算があるのか。また、安い安いで市場を滅茶苦茶にして最後には無くなるだろうか。何とも悲しいが注目である。

| kulo. | 08:00 | comments(0) | - |
猫も杓子も偽装偽装

 しかし大変なことになってきた。最初は偽装の範囲がここまで広範囲に及ぶとはだれも思っていなかったことであろう。果ては花巻温泉からもらい火の形で、地元の老舗デパート川徳までも偽装しておりました、と謝罪する事態となっている。

 地元のケースはともかくとして全国各地、大手から小さいところまで、正直、この流れで言い出せなかったところが一気に手を上げてどさくさ紛れに発表してしまうことで、とりあえず無かったことにしてしまおうという雰囲気がミエミエである。消費者を馬鹿にするのもいい加減にしてほしいものだ。
 川徳のページを見てみると、購入者は全部分かっているという事で、川徳から連絡を入れているとの事。期せずしてお客さんにウソの情報を流してお金を頂戴してしまっている訳だから、この辺をどうするのか。川徳としては、いや、私達も花巻温泉に騙された被害者なんですと、被害者の体で電話をして、痛みを分かち合いましょうみたいな話になっているのだろうか。

 しかし、大手であれば偽装してましたと言う、みたいなのがハヤリなのかと思えるくらいにどこもかしこもである。そのうち、勘違いした経営者が自分のところも偽装していないけれども、自分のところだけ誤らないのも逆に変な感じがするし、一応、ダメージが少なそうな架空な偽装事件を起こしてしまって、謝っておくかみたいな、そういう話にまでなりそうだ。何とも馬鹿馬鹿しい話である。

 結局のところ消費者を徹底的に馬鹿にしている飲食業界と、馬鹿にされても全く気づかないものの価値が分からない消費者がいると。そういう構図なのである。
 個人的には何を食べても美味しいと感じるほうなので、車えびでもブラックタイガーでも何でも良いのだけれど、食通ぶって、やっぱり車えびは違うねなどと言って大恥をかいた自称インテリも多数いるだろうから、こういう連中が面子をつぶされたという事で怒っているのだろうなと。
 それから、いわゆる有閑マダムってやつか。昼に集まって魔女会議をしているような灰ミセスの皆様である。これらも、美味しい美味しいと言って食べていたのに、事件が発覚したと単に、やっぱりちょっと変だと思っていたみたいな話しをし始めそうなイメージがある。

 消費者としては実際に騙されたところをどうしてくれるのだ、という事ではなくて、食通ぶって薀蓄を撒き散らしていた自分の面子が丸つぶれになったことについてどうしてくれるのか、という事を逆恨みしている構図である。何ともこの辺の悲しい感じが人間であるなという気もする訳だが、いずれ、背伸びをするとやけどをするという事だけは学習できたのではないだろうか。

 この偽装に係わった飲食関連については、化けの皮がはがれたという印象か。結局は水商売、ある意味で、こういう誤魔化しがきく適当な世界なのだという事がわかってしまった訳である。つまりはブランドだ何だと雰囲気を上げて単価を上げようとしている訳だけれども、それらの行為も全て眉唾、結局は言ったもの勝ちみたいな虚無な世界なのである。
 消費者も飲食業界などそんなもんだろうと分かっていた筈だったのだが、昨今の飲食市場のイメージングというか、そういうものが事の他うまくいっていた為に、みんな忘れていた、という事なのだろう。

 いずれにしても、まあ猫も杓子も偽装偽装という風で、美味しければ良いと考える私のようなタイプの人間にとって見れば何とも馬鹿くさい話に見える訳である。

| kulo. | 08:00 | comments(0) | - |
祇園精舎のプラズマテレビ
 今日は衝撃的なニュースをご紹介したい。何でもPanasonicがプラズマテレビから撤退するというのだ。これで国内メーカーは液晶オンリーになる。

 詳細についてはコチラの記事をご覧頂ければと思う。何ともいよいよ五稜郭が落ちたか、というような、そういう気分でこの報を聞いた。
 プラズマ液晶といえば、かなり前から国内で火花を散らしていた。かつてのプラズマ陣営といえば、Panasonic、パイオニア、富士通、NEC、東芝、日立とおよそ国内のビッグメーカーが手がけていた方式だ。それが気が付けばPanasonicのまさに最後は孤軍奮闘。何とも時代は変わってしまったものだと感じる。

 一方の液晶陣営はどうか。当然、その代表格はSHARPなのだけれど、その他、各メーカーとも液晶については残しているというような状況。結局、消費電力が小さいので中、小の機器マウント用のモニタとしても使えるということもあり、テレビという観点だけでない用途が液晶陣営を支えていると言ってもよいかもしれない。
 記事ではSHARPの去就についても触れられており、結果として、栄華を誇った亀山工場も今となってはスマホの画面をシコシコつくっているというような状態。何とも悲しい話だ。

 昔の売り文句としては、プラズマは発光素子が光る事で映像を構成しているので、黒にキレがあります。液晶は省エネです、というものだった。液晶はパネルの裏に蛍光灯というか光源がある関係でどうしても薄ら明るくなってしまう。プラズマはこれが無いと。
 その代わりプラズマは自発光ということもあり馬鹿みたいに電力を食いますと。その点、液晶は光源が一つ、しかも蛍光灯なのでとても電気料金は安くなりますよと。そういう話であった。
 あの頃は良かったというような話もする気は無いのだが、それこそブラウン管テレビから薄型テレビに移行し始めた時代で、テレビの購入そのものにワクワク感があった。こんなに薄くていいんですか、みたいな、そういうキャッチが自然と口をついてしまうような、そういう衝撃があった。それまではブラウン管のテレビが鎮座しており、やはり部屋のかなりの面積をとっていたから、本当にビックリしたものだ。

 結果として見てみれば、テレビに関してはほぼ国内生産をあきらめて海外へということで、まあ海外から供給されるのだから良いだろうという割り切りはありつつも、この戦いに勝者はいるのだろうかと。そういう黄昏た気持ちになる。

 加えて昨今のテレビのまた面白くないこと。バラエティに関しては本当につまらないなと感じる。もう、テレビ自体家に必要ないと、そういう時代がすぐ近くまで来ているのかもしれない。
| kulo. | 08:00 | comments(0) | - |
BRTでの復旧を拒否する理由は
 壮大なロシアシリーズをやっている間に沿岸のBRTでまた大きい動きがあったようなので、振り返って取り上げたいと思う。

 こちらの記事に記載されているのだが、何でも対象の4市町村から、BRTでの復旧を拒否されて鉄道で早く復旧しろとそういう趣旨の話をされたとのことだ。
 この段階においては、もうJR東日本はお付き合いする必要は無いのではないだろうか。もうこの協議会からも脱退して、早々にこの話を終了させるべきである。ある意味時間の無駄だ。

 何でこういう無い物ねだりの駄々っ子みたいな発言、しかも大人がしている発言を許しているのだろうか。もしくは、これを許すような空気がどこかにかあるのだろうか。
 冷静に考えてほしいのだ。何しろ復旧したとしても赤字が確定している路線を、誰が何百億円も払って復旧作用というのだ。そんな酔狂な話は歴史上見てみても殆ど無いと思われる。少なくとも企業経営史からすれば、極めて珍しいケースとして世界中に知られる事だろう。何しろ赤字を作るために何百億円も払って復旧し、しかもそれを運営するのだから。
 あ、一つあった。JALがそのケースで経営困難になったのであった。何とも日本では起こりえないような話が既に起きていた訳だ。これとて経営改善のプロセスの中で、今まで地域の足がなくなると脅しを掛けられて泣く泣く運営してきた赤字路線をがっちりと整理した結果、黒字化した。そりゃそうだろう。黒字路線しか残さない訳だから黒字になるのは当たり前であるし、そういう経営が、経営的に見えればよい経営なのである。

 今回のケースで言えば、鉄道はJR東日本という民営の会社が提供しているサービスであって、これが震災でゼロ・リセットされましたよ、という状況だ。国鉄から民間企業に変わったプロセスを持ち出して、だから公共交通としての役割をJR東日本は果たすべきだという話はあまりにも暴論であるし、そういう遍く全国のいたるところに鉄道を敷設して運営しようというのなら、何で国鉄のままにしておかなかったのか、という話がある。

 いずれ、民間がやろうが誰がやろうが、乗車人数が決まっている路線を黒字化しろというのは無理な話で、これをJR東日本に押し付けようとする行為はある意味で、いじめである。
 JR東日本は速やかにこのテーブルから離れるべきで、BRTの提案も撤回し、あのエリアから撤退するべきだ。そうなってみて初めて頭も冷えるといういものだろう。

 何でこんな話を整理しながら書かねばならないのか。本気で鉄道復旧にこだわる、私から見ると思考停止しているようにしか見えない、政治家や首長、行政関係者に説明をしてもらいたいところだ。
| kulo. | 08:00 | comments(0) | - |
盛岡の水害
 先週の異常豪雨のせいで、盛岡の繋地区、矢巾地区、紫波地区が大きい被害を受けた。直接被害を受けられた皆様にまずはお見舞いを申し上げます。

 災害に甲乙は無いが、情報が入っているところでは繋地区、大観のあたりが特にもひどい感じのようだ。
 こちらの映像を見て頂けると直感してわかって頂けると思うのだが、まあひどい有様だ。ホテルの従業員に加えて出入り業者を含めて総出で泥のかき出し作業を行っているとの事だが、このお盆シーズンというのは何でもかき入れ時との事で、このタイミングでの水害は経営に大きいダメージだとするコメントが聞こえてきている。

 今回も情報共有で役立ったのはFacebookだった。どのあたりからの川の様子はこうだ、道路状況はこうだと、逐一アップされている。
 我々はデスクにいながらにして状況を把握できる、というような感じであった。
 Twitterの使用をとする話もあるが、個人的には匿名性のあるツールはこういう非常時の情報取得先としては適切ではないと考えている。何しろ、無責任に愉快犯が嘘の情報を流したりした場合も、殺気立っている現場の人は、すわまた何か起きたかと反応してしまうのである。

 東日本大震災の際も同じような傾向が見られた。特にも取り残されている人たちを救出するという、時間的にも非常に限られた極限の状態においては、こういうノイズが入ると本当に混乱してしまうのである。
 また、画面や端末を見ている人たちのエリアでは、全くもって実感がないので、さぞ大変だろうと、せめてリツイートする。これが拡散されて収取がつかない状況になていくのである。
 という事で、こういう災害時の情報取得については、ソーシャルメディアでも、匿名性がなく発言の責任所在が明確であるFacebookは大変安心して使えるツールだと改めて感じた。

 しかし、何ともホテル大観、愛真館のあたりは泥が押し寄せて本当に大変な話になっている。東日本大震災の際に立ち上がった災害復旧ボランティアの方々が、繋地区の状況を確認したところ、想像以上にひどい状態という事で、急きょ、ボランティアを募って現地に入るという話もあり、何とも早い復旧を祈るばかりだ。

 盛岡市の中心市街地が全く被害を受けていないのでどこか遠くの話のように誤解してしまうのだが、目と鼻の先で起きて困っている人がいるのである。と言っても自分が何かする訳でもないので、贖罪の意味も込めてこちらで状況だけでも発信する。
| kulo. | 08:00 | comments(0) | - |