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さんさ踊りは見るものか加わるものか その10
 と思考実験をしているといよいよ明日から盛岡さんさ踊り開幕である。

 まあ、実際に始まってしまえばこれはこれでよくて、修正するところなど全く無いねという風に感じるかもしれない。

 しかしより多くの方々に参加し見てもらうためには、少しずつでも飽きられないように変えていく必要があるし、まだまだ出来る可能性もこの思考実験の中で見出されてきた。
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さんさ踊りは見るものか加わるものか その9
 正直、さんさ踊りの人からも山車の人からもかなり文句が出そうな感じだ。由緒も違えば団体も違う。場合によっては掛け持ちしている方もいるから、まあ、それは基本的に一緒にやろうってのが間違いというくらいの反応になるだろう。

 それでもこういう話をしていくのはどうしてか。結果として、祭りをより地元の経済に結び付けていくのであれば、ボリュームを大きくして最低でも東北でNo.1くらいにならないと話にならないのだ。

 それは、集計方法の妙から何だか気が付いたら順位が上がっていたという事ではなくて、実態としてしっかり観光客が来て、その期間中は市内でわんさかお金を落としますと。そういう事でなくては意味がなくて、そのために観光客にお金を使わせる仕組みもしっかり作っておくと。そういう準備が必要だ。
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さんさ踊りは見るものか加わるものか その8
 では青森のねぶたの山車の制作費はどれくらいになるか。こちらの資料を確認すると、1基2千万円程度のようだ。やはりリオのカーニバルのケースでもそうだが、1千万から2千万円は覚悟しなければならない感じだ。

 山車文化といえば、盛岡には八幡宮の例大祭があって、これが9月だけれどもかなりの数の山車が今でも市内を練り歩く。こうなったらこの山車とミックスさせてしまうという手もあるかもしれない。

 正直、ただでさえ戦力が乏しいところでこれを分散化させては全くもって戦えない。一点豪華主義だ。
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さんさ踊りは見るものか加わるものか その7
 先日、リオのカーニバルの山車の例をとりながら、ああいう豪華絢爛な山車が出れば見るほうも飽きないのではないか、という話をした。しかし、予算的に正直、無理だろうと。

 しかし、青森のねぶたの例を見ても、ハネトという誰でも参加できそうな飛び跳ねる役で参加を促しつつ、巨大な山車、これを見ることができるので、パレードを見ているだけでも十分面白いという事で両面攻撃だ。

 という事で、方向性は間違っていないと思われる。あとは山車をどうやって安く作るか、というところだ。
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さんさ踊りは見るものか加わるものか その6
 という事で、どうやって更に盛岡さんさ踊りを盛り上げていくか、という話がある。一つすぐに思いつくのは、やはり観光客を増やしていくには、ビジュアルの補正がかなり重要だろう。

 具体的にはやはり人がちまちま踊るのだと限界がある。より巨大な山車が必要ではないか。例えばリオのカーニバルなど、まあ豪華絢爛で、踊りがどうのこうのというよりもその山車を見ているだけでかなり面白い。

 もちろん相応の金も掛かっていて、平均、1千万から2千万、高いものだと5千万から1億のものまであるそうだ。これでは盛岡さんさ踊りの実行委員会の総予算をはるかに超える予算額である。
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さんさ踊りは見るものか加わるものか その5
 という事でうまいバランスが求められるという事になるのだけれど、そもそも盛岡さんさ踊りってのは何のためにやるのか。簡単に言えば、現在のさんさ踊りに行き着いたのは、もっとお祭りを盛り上げようと、そういう話だったように記憶している。

 NHKのこちらのページがかなり経緯を詳しく整理していて非常に分かりやすい。つまり観光客を沢山呼ぼうという事でもなく、地域で何か大切にしようというわけでもなく、まあ、単にその時期に祭りをやっているのだから、皆で盛り上がっていこう、そのためには、従来からやっている川祭りから盛岡さんさ踊りにシフトしようと、そういう話だったようだ。

 そうなるともう少しやり方があるかと思う。
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さんさ踊りは見るものか加わるものか その4
 方や加わるさんさを全面に押し出すとどうか。これはこれで、華が無いというか、練習に練習をつんだ美技があればこそ、やってみたいという気分にもなるのであって、まあ、下手糞な連中が日頃のストレス発散よろしく集まって奇声を発しながらへんてこなタコ踊りを披露したのでは何とも、次が続かないだろう。

 加えて、参加している人たちが何に楽しさを感じているかというと、出来なかったことが出来るようになるとか、以前よりも上手くなったとかそういう自己成長の部分なのかなとも思う。

 という事で、あまりに敷居を下げて当日だけ来てくれればOKみたいなことだと、本来の加わる面白さが半減してしまいそうな感じもする。
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さんさ踊りは見るものか加わるものか その3
 真面目に練習してきた団体からすれば、盛岡さんさ踊りは発表の場であり、練習しない連中と同列で扱われるのは何とも違和感がある、という話になるだろう。

 一方で、特に統合さんさに関して言えば、パレードで使用される踊りは、2番、3番、4番の3種類。これが延々と続くわけだから、ただ見ているだけではつまらない。飽きてしまうのである。

 という事で、皆さんに見て欲しい、という気持ちとはウラハラに見たいという人が減って来ているという事実をどう考えるのか。そこが一つの問題である。
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さんさ踊りは見るものか加わるものか その2
 さて、盛岡さんさ踊りは他県の夏祭りのケースと比べてどうか。正直、統合の1番であれば何とかパレードの中で覚えてしまえるレベルだと思うけれど、今は、一般参加OKのパレードは2番。その後の輪踊りでは、2番、3番、という事で、最低でも2番を覚えないと参加できない感じだ。

 一方で、特に一般参加OKのパレードは特に正確さが要求されている訳でもないので、まあ、ノリで何とかなるレベルともいえる。輪踊りにいたっては奇声を発して飛び跳ねていれば、まあ楽しかったねで済む感じもある。

 という事で、この辺が問題をややこしくしているのだ。
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本当に盛南が必要か
 昨日は盛南地区に公園がまたできるという話をしていたが、結局のところ盛岡市は盛南開発を進めるのだろうか。

 これについてはYesである。どうしてか。それも昨日の記事に書いたが、先生がたがインサイダー情報を駆使して土地を買ってしまっているので、この土地価値が上がるまではガンガンと公費をつぎ込んで開発行為をやめないであろう。
 どうにか、こういう議会に絡んだインサイダー情報を処罰する事は出来ないのだろうか。こういう輩こそ、ケツの毛まで抜いてやって二度と悪い事をしないようにお灸をすえてやる必要があるのではないか。

 しかし都市のスプロールを抑制してコンパクトシティを実現するとか言っている割に率先して盛岡市がスプロールする環境を作っているのだから笑える。全く持ってこの自治体には真に将来を考えている人間が居ないのではないかと疑いたくなる状態である。
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