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メディアとメダル

 さて昨日は上村愛子選手の話になったので、そのままの勢いでもう一日取り上げたい。

 やはりこの滑り終えた後の、多分ソチで書かれたであろうこのエントリーは本当に感動だ。一生懸命競技に打ち込む事、しかしその打ち込んでいくプロセスには多くの人のサポートがあって実現できるという事、結果を出さなければならないという戦いから自分との戦いまで昇華できた事、そしてこれらのチャンスを紡いで様々なモノを引き寄せてまた新たなものを生み出していくような、そういう素敵な力がオリンピックにはあるのだ、という事。
 
 正直、ブログというメディアが発達してくれて本当に嬉しいと感じる瞬間でもある。何しろ選手本人の言葉に私達は直接触れる事ができるのだから。これは誰かが聞いて編集した言葉でも、誰かが聞いたという話でもなく、選手本人が語っている、そういうピュアな存在なのである。
 この文章は本当に今からオリンピックを目在してく子供たち、そして現役の選手でメンタルコントロールに苦しんでいる選手など、様々な方に読んでもらいたいと感じる。

 特にも個人的に共感というか感動したのが、上村選手がメダルに果てが届かなかったけれども、自分の力を100%出し切れたのだから、とても清清しい気分だ、という件だ。
 つまり、4位という結果はあくまで一つの側面から見た結果であって、自分との勝負に勝ったというか、そういう100%自分の力を出し切るという事について、一生懸命トライをして準備をして、それがソチ・オリンピックという大舞台で発揮できたと。本当にこれほど素晴らしい事は無いと思う。

 メディアは残念、と簡単に言うがそういう一方的な価値判断でよいのか。そもそも、誰がメダル至上命題みたいな話をし始めたのか。確かにメダルは分かりやすい。相対評価で頂点だという事もわかる。だけれども、2020年のオリンピックが決まって、本来的に日本人が持たなければならないスポーツに対してのマインドというのは当に上村愛子選手が示したものなのではないか。

 メディアは大枚をはたいて番組を買う。そして視聴者をメダルだメダルだ、可能性があるといって煽りに煽って、最後、結果が出たらそれは選手のせいだと。もうこの時点で視聴率が取れているからOK、期待の選手であれば、ここから後おいで更に付回して結果がよければわっしょい、だめなら、何でだめなんだとなじる。これだけである。全ては金の為なのだ。

 そして、このメディアの金のためにつくられた物語の上に我々アホな日本人はまんまと乗ってしまっているのである。

| kulo. | 08:00 | comments(0) | - |
就職の裏技ってなんだ?

 記事を見ていて突っ込みたくなるようなことは結構あるのだけれど、この前見ていた記事もこれまた突っ込みたくなるような内容であった。

 まず表題が凄い。こちらの記事なのだけれど、「就職費用を節約する”裏技”」である。まずこの題名だけ見て感じたところなのだけれども、一つ目として就職には費用がかかるのか、という事。これは正直、就職を一つの産業というか就職で焦っている連中をカモにして一儲けしようとしている連中がいて、そういう連中からすれば、就職には金がかかるのだ、という風な定説というか、考え方が定着してくれる方がよい。結果としてそういう人たちからすれば、こういう煽り記事をガンガンと書いてほしいという事になる。

 より具体的にこういう表題を付けて儲けそうな連中をピックアップしてみよう。まずは衣料業界であろう。リクルートスーツという就職のためだけに学生が購入するといわれているスーツはまあ、就職を希望する方であれば買うのだろうから、そういう、就職=金がかかる、という方程式が刷り込まれていれば、より、自分をPRしようと考えて勘違いした連中が高いスーツを買う可能性はある。

 写真屋もそうだろう。最近、証明写真などデジカメで撮ってしまうというような方も多くてプロのカメラマンを抱えてスタジオを持ってというような、そういう写真屋が以前に比べて減ってきたように思う。加えて、全国チェーンの物凄く安いカメラ屋が簡易の撮影をやるから、また、これがそこそこの出来で安いときているので、業界の企業と歌に拍車を掛けているのだろうけれども、いずれこの方々も、煽った方が得。つまりちゃんとした写真を履歴書に付ければ印象アップで勝率が上がると。

 あとは誰あろう出版社であろう。勿論、企業の四季報なんかもそうだし、リクルート関係の雑誌ともなれば当に一大産業である。加えて、これら就職、採用に関して企業側からも広告費をむしりとり、何だか使えるのか使えないのかよく分からないようなWEBシステムを構築してこれを高値で売ると。
 一応、良心の呵責があるのか、就職希望者から登録費用を取ることはないようだが、それとていつまで無料で提供するのか分からない。そのうち有料化するのではないだろうかと思っているところだ。

 まあ、これらの連中あたりが儲けるところで、その辺の話が書いてあると思って見てみたのだけれど、面白いようにあたっているからこれはこれでちょっと引いた。やはり就職難であえいでいる連中をカモにして一儲けしようと。いずれこうやって困っている連中は藁にもすがる思いだから、ある意味で投資を惜しまない。ついてはその方向付けだけ、しっかりガッチリやってやればあとは放っておいても焦れば焦るほどお金を使う、という図式である。

 就職できなくて困るのは企業ではなくて就職希望者。しかしこれらをターゲットにしたビジネスがしっかり成立しているというあたり、何とも人間臭い話ではある。

| kulo. | 08:00 | comments(0) | - |
東西の架け橋に日本が絡む理由は何か

 この前、トルコでボスポラス海峡を横断する地下鉄が敷設されて、この開通式に安倍総理が出席したという話が新聞に掲載されていた

 メディアは、先般行われた五輪誘致に絡めて、もし日本というか東京がオリンピックを招致したならば、友好国のトルコ、エルドアン首相には、一番最初にお祝いして欲しいと。もしトルコがとったら私が一番最初にお祝いしますと約束していたことを紹介して、その招致が決まった際に一番最初に駆け寄ってきてお祝いしてくれたのがエルドアン首相だったので、今回はエルドアン首相の約束に私が答える番だ、みたいな変な美談にしようとしている節がある。

 しかし、安倍総理の発言を聞いていると戦略的パートナーシップという言葉を何度も使っている。この戦略的、というのは一体どういう話なのだろうか。
 ここで、キーワードになってくるのが、シリア、核開発、原子力発電というあたりの話である。ここから先は完全に読みの話になってくるので、外れても文句を言わないで欲しいところなのだが、まずは、トルコとしては隣国のシリアが核武装しようとしてゴチャゴチャとやっていますと。これを強力にサポートしているのは、イラン、そして北朝鮮ですと。
 これに対して、神経を尖らせているのは、イスラエル、そして隣国のトルコもいよいよのときはと核武装を目指すのは当然の流れだろう。しかし今の世の中、ならずもの国家でもない国が、おおっぴらに核兵器の開発をしますとは言えない、というのがある。

 日本国内の状況に目をやれば、FUKUSHIMAの原発炉の状況が一向に改善されないという中で、安倍総理は、福島は完全に「Under Control」だと表現していた。その割には汚染水とされるかなり高濃度の放射性物質を含んだ水がジャブジャブと流れ出ている状況でこういうのを聞いていると何を持ってControlできているとするのか、是非とも再度説明してもらいたくなるのだけれども、いずれにしてもそういう状況の中、結果として原子力発電はもう票には繋がらないと判断した小泉元総理はガンガンと脱原発に向けて動き出すというような状況となっている。
 こういう足並みが乱れた状況においても、三菱など原発開発に国策として係わってきた企業というかそういう連中がいて、突然、原発をやめるのはいいけれども、結果としてこの原発産業に係わっている連中の食い扶持を確保しなければならないと。加えて原子力発電所があるエリアで補助金漬けになってしまっている連中をどう更生させるか、という話もあるのだけれど、まずは開発ベースの連中を外で稼げるようにしよう、それは国が面倒を見ます、みたいな風にも見える。

 ここで、原子力開発をしていきたい友好国トルコと日本の脱原発に向けて着々と準備を進めて行きたい日本との利害が合致したならばどうなるか、という話だ。結果として、シリアへの牽制を、トルコと日本が連携してやっていきます。これは、シリアひいては北朝鮮の連中に対してもプレッシャーになるはずです。
 北朝鮮へのプレッシャーになるという事で言えば、国家戦略上、国家安全保障上、大変重要な話になりますねと。そういうロジックだろう。

 上記のような話があるから、安倍さんはあえて、戦略的パートナーシップを何度もいい、そういう動きの中で国際的な日本の立ち居地を探っているというような状況なのだろう。これを見て各国も日本が何か独自で動いていると。ちょっと見直さないと危ないなというような認識になればしめたものだ、くらいに思っているのかもしれない。

 しかし、いずれにしても自国内でこれだけ困っている原子力発電を、安全だといって友好国に売る、ってのも本当に何ともな話だ。原子力発電の建設を決めたのはトルコで、そこに対して日本を採用してくれと言っているだけだから問題ない、というロジックなのかもしれないが、普通、友好国に対して、塩を送ることはあったとしても、原子力は送らないだろうと。そういう話だ。

 何とも予断を許さない中東情勢だけに、そこに生半可な気持ちで足を突っ込むと大変面倒なことになるはずである。今後の展開を注視していきたい。

| kulo. | 08:00 | comments(0) | - |
早い安いウマい
 今日新聞記事を見ているとあほらしすぎて頭が痛くなるような話が記事になっていた。コチラの記事なのであるが、国会にある吉野家に牛重という1,200円のメニューがあって、これが国会だけにしかないので、けしからん、という話。

 詳細については記事をごらん頂きたいのだが、記事でもっとも問題になっているのはこの件だ。

”牛重は国産和牛を使った1200円の同店限定メニューだが、自民党の平沢勝栄衆院議運委理事が、地元支持者から「国会の中だけで食べられるのはおかしい」と指摘されたことを紹介。支持者から同様の指摘を受けた与野党の理事が複数おり、理事会で限定メニューが作られた経緯の調査を検討することになった。”

 一言、国会議員さんてのは何とも暇ですねと。分析するのも馬鹿馬鹿しいが、そういう馬鹿馬鹿しい事を大真面目にやるのがここの流儀である。
 まず今回コメントを寄せている議員さんだが平沢勝栄先生。この先生はテレビタックルだとか何だとかで一時期、メディアに出まくっていた先生である。現在は、文中の役職の他、政務調査会副会長、国会対策委員会副委員長など。選挙区は東京である。

 この文章から言えば、東京の選挙区の方々が陳情か何かで来たついでに吉野屋でも食べようかなどといった際に、何で国会だけで食えるのだと言ったということだろうか。
 アホなのは、その指摘から与野党の複数人の国会議員が支持者よりそういう話を受けていると。まず、こういう話が複数人からあがっているというのを調べたのは誰なのだろうか。よっぽど暇なやつだなと。それと陳情できているおのぼりさん連中は何が言いたいのか。自分の地元でも牛重を出せと、そういう話なのだろうか。
 この辺で吉野家を使う人たちはサラリーマンや学生など基本、金が余っているという雰囲気にはおよそ程遠い連中である。かたや国会議員先生は我々から搾取した税金をがっちり年収としてもらっているので、下手をすると政務調査だとか言って、重牛を食べたあとに、領収証を切って貰っている可能性すらある。

 いずれにしても、最後の文章が強烈だ。「何で国会だけでこのメニューが作られたのか、経緯を調査することになった。」との事だ。
 ハッキリ申し上げるまでも無く、まったくそんなことは国民からすればどうでもよい話なのだ。もっと話し合うべき事柄はあるでしょうと。
 例えば吉野家の扱いがフェアじゃないということについて文句があるならば、それは吉野家に言えばよい話。吉野家だってボランティアではないのだから、ニーズが見込めるエリアに出店すればそれ相応の商品開発をしてローカライズしつつ利益の最大化を図るのは当然の話だ。
 それに対して、ずるいとか、何でとか、そもそもそういう観点がナンセンスなのだ。それは例えば居酒屋に言って、何であそこのフレンチでは高級ワインが置いてあるのに、こっちには置いてないのだと言っている感覚に近い。つまり難癖レベルの話である。

 百歩譲って今回、ぐじゃぐじゃ言っている連中が地元で牛重を頼むのか。決して頼まないのではないかと思うのだ。国会議員の先生、こんなことに時間使うのであれば、先生たちの給料をもっと減らして下さい。国家の役に立っていません。
茂木 信太郎
生活情報センター
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(2006-09)

| kulo. | 08:00 | comments(0) | - |
良くない感じだ
 何でもバングラディシュには「いいね!」工場というのがあるらしい。こちらの記事に紹介されていた

 話としてはFacebookの話で、いいね!を沢山つけてもらいたい為に、企業などはこのいいね!ねつ造会社に依頼をする。するとこのタコ部屋にパソコンが数台設置されていて、そのパソコンと同じ人数の男たちがもくもくと画面に向かっていいね!を押し続ける、というような仕組みになっているそうだ。

 何ともこういうビジネスがある、という事自体なるほどなと思うのだけれども、本当にむなしい話だ。結果としてこれらが横行すると何が起きるのか、これは明明白白で、企業のサイトに付けられたいいね!マークの回数に関しては信頼に足るものではないから、あまり参考にならないよ、という合意が形成されるだけである。

 このFacebook!の「いいね」屋さんなのだ、何でもYOUTUBEのGoodも押しているのだとか。これまた面白い話である。YOUTUBEの不正に関していえば、韓流関係はとても有名な話である。
 特にも「カンナム・スタイル」の話は有名で、Youtubeのヒット数が非常に多いという事で注目されて、日本でもチラチラと見たカンナム・スタイル。ところがこのカンナム・スタイル、Youtubeが少しランキングのアルゴリズムを変えて、アクセス数ではなくて、どれくらいの時間見られたのか、にしてみたところ、何と、そのアルゴリズムを変えた直後に一位から大転落して、ランキング外へ消え去った、という話もある。
 つまり、カンナム・スタイルを売り出したいと考えた連中たちが、こういう連中にお願いをして、何度も何度も内容など見ることなく、チクチクとアクセス数を稼いで、ブームを人為的に演出した、という事になる。

 正直、個人的にはカンナム・スタイルというののどこが良いのかさっぱりわからなかったところなので、むしろこの説明を聞いたところでかなり納得できた。ほら見たことかと。やはり音楽というかコンテンツ自体は薄っぺらでこういう不正行為の上にブームが作られていたのだという事がはっきりしたのである。

 つまりこうだ。皆さん、ネット上で流行っているというのは誰かが仕掛けているもので、本当に流行っている訳ではありません。流行るとだれが得するのか。その人が仕掛けた張本人です。

| kulo. | 08:00 | comments(0) | - |
満月におもう
 新聞を見ていると面白い記事があった。何でも満月は不眠をさそうという話である。

 詳細については記事をご覧いただきたいのだが、面白い話で、特にも気になる部分は下記。

”研究チームは、月の周期について一切知らせない状態でボランティア33人に睡眠研究所で寝てもらい、新月と満月の夜、計2晩の睡眠状況を観察した。すると、満月の夜の平均睡眠時間は新月の夜よりも19分少なく、眠りに就くまでにかかる時間は平均で5分長かった。”

 まあ、こういうデータにあたる際にはかならず生データを見るようにしろという話はある。
 というのも、平均睡眠時間の話をしているのだが、あくまでも平均なので、物凄い寝つきが悪い人がいたり、ものすごい短い人が一人居ただけでで全体の平均値は大きく変わっていくためである。

 今回のこのケースなどまさにそういう事例で、33人という少ない被験者数と眠りという非常にあいまいな事象を扱うという事からすると、上記の点については、とても慎重に扱わなければならないと感じるのだ。

 一方で、満月に血が騒ぐという話については、狼男の例をあげるまでもなく、結構知られている話で、満月に出産が多いだとか、事件がおおいだとかいう話もあるようだ。
 まあこれにしても、しっかりした研究があるわけではなく、また、今後も研究対象としてしっかり突っ込む学者がいるのかはわからないがいずれ、そういう話もあるという事で。

 まあ、月は人にとっては肯定的な意味で身近な存在のような気もするのだが。
| kulo. | 08:00 | comments(0) | - |
メンソールはダメなのか
 またアメリカでたばこ狩りの炎が勢いよく燃え上っているようだ。今度はメンソールである。
 具体的にはこちらの記事をご覧いただきたいのだが、メンソールには常習性が通常のたばこよりも強くある、というものだ。

 詳細については記事をご覧いただきたいのだが、特にもこの記事で重要と考えられるのはこの点である。

”メントールたばこの規制問題については、アフリカ系米国人の喫煙者が好む製品であることもあり、大きな議論を巻き起こしている。政府の統計によると、米国の黒人喫煙者の約80%がメントールたばこを愛用しているという。またFDAの数字では、成人喫煙者の約30%、若年喫煙者の40%超がメントールたばこを利用していることが分かっている。”

 つまり、たばこを中々やめようとしない、アフリカ系米国人に的を絞った情報操作と考えることができる。
 これは、単純に考えれば白人系のアメリカ人はどんどん煙草をやめている、しかしアフリカ系のアメリカ人は何故やめないのか、それはメンソールのせいだと。だから、メンソールの害を思いっきりPRすることで、メンソールを販売中止に追い込めば、アフリカ系米国人もたばこを吸わなくなるのではないか、という話にも見える。

 例えばこういう考え方はどうか。アフリカ系米国人は十分な職にありついていない、加えて低所得者層が多い。これらの憂さ晴らしではないが、煙草を吸う機会、人口が多い。
 一方で沢山金をもらっている白人の連中は禁煙プログラムでもなんでも、いずれやめることができる。これは、黒人差別だ、みたいな話だ。

 いずれ、きな臭いメンソールだ。
| kulo. | 08:00 | comments(0) | - |
データはファクトか。
 最近おおはやりのビッグデータだが、何のことはない、今までもあった統計の話である。変わったことと言えば、データ収取がインターネットを通じることでかなり大容量になったということか。

 例えば今までも電話や紙でアンケートというのはやってきていた訳だが、昨今ではインターネットを使用してすごい数を短時間で集められるようになってきた。
 それだけではなく、例えばアマゾンのおすすめ、これはかなり極悪で、買いたくなるような本を勧めてくるのだが、これもビックデータの活用だ。
 今までは売上は売上として見ていたのが、個々の消費行動を集計してみたところ、この商品を買っている連中の7割はこちらの本も購入している、ついてはこの本を買った人たちにこちらの本を勧めてみると購入する可能性が高い、という、いわゆるベイズ理論的な考え方である。

 今回の選挙ではネット選挙が解禁されたということで、ツイッターのつぶやきをビッグデータとして解析している報道を何回か見た。結果として、それほど為になる報道はなかったように見えた。つまり、つぶやきの中ではどういう内容が何回つぶやかれていた、みたいな話だけが紹介されていてニュースの物語性の部分が物足りなく感じたのだ。
 これに対して、何と、Yahooが、選挙が始まる前にビッグデータを利用して議席数を予想したという話があって、何とその予想が与党の議席数についてはピタリと当たったという話が紹介されていた。
 これは大変興味深い話である。このビッグデータのソースは検索数である。確かに言われてみれば、その党なり候補者なりを検索するということはよっぽどの意志力の表れであるから、これをして得票数を見ていくというのはなるほど、うなづける。当然、ここに諸要因の係数補正をしていくのだろうが、それにしてもピタリというのはすごい。

 これらの話を聞いていると、ビッグデータをどういうクライテリアで見ていくのか、という話と、そもそもどのデータを分析するのか、というあたり、そして分析そのものの設計方法が結果として、大きく結果に反映されてくると感じる。
 しかしこの話は、ビッグデータで突然始まった話ではなくて、統計学であるとか従来のデータ分析でも口が酸っぱくなるほど言われている話ではあるが。

 上記の話で思い出したのがU2のボノが言っていたデータに基づくファクティビストという話。データは本当にファクトなのか。ある一面ではファクトだろうけれど、ここに人の意志が介在しているのである。

 データとはさみは使いよう、ということだろう。
佐藤 洋行,原田 博植,下田 倫大,大成 弘子,奥野 晃裕,中川帝人,橋本 武彦,里 洋平,和田 計也,早川 敦士,倉橋 一成
技術評論社
¥ 2,079
(2013-08-08)

| kulo. | 08:00 | comments(0) | - |
大学生は受け身体質なのか

 ちょっと気になる記事が掲載されていた。何でも昨今の大学生はかなり受け身傾向だという話だ。教育関係ではかなりの地位を築きつつあるベネッセさんからの発表だ。

 調査では、大学の授業のタイプとしてどちらがよいかを2択で選ぶ項目があります。結果は、「単位をとるのが難しくても、自分の興味のある授業」より「あまり興味がなくても、単位を楽にとれる授業」を、「定期試験や論文・レポートなどを重視して成績評価をする授業」よりも「出席や平常点を重視して成績評価をする授業」を、「学生が自分で調べて発表する演習形式の授業」よりも「教員が知識・技術を教える講義形式の授業」を、それぞれ好む学生が多く、しかも4年前に比べて増加傾向にあることがわかりました。参加型授業が4年前より増えているにもかかわらず、学生は「受け身」傾向にあるのです。

 上記の内容との事だが、結果については、大学においてはままあり得る話ではないか、という気もしないでもない。
 入学すると部活の先輩たちが天気予報になぞらえて、フランス語のなんとかという教授の授業は基本、雨だから単位が出ないとか、ドイツ語のなんとかという教授はとにかく出席しておけば単位でるぞ、とかそういう学生ライフをエンジョイする為の情報というのはそれこそ学内にゴロゴロしていた。
 そして、特に学部の単位ならまだしも、教養ともなれば、この辺の単位取得で躓いている場合ではないから、なるべくなら楽して単位を取りたいと思う訳で、ある意味で学生のニーズがそのまま出ている調査結果のようにも思う。

 試験と出席、という観点ではどうか。上記と重複する部分もあるが、結局のところ試験の一発勝負では分が悪いと考える生徒が多いというのも頷ける内容だ。誰に聞いても、真面目に出ていれば単位がもらえる、授業に来ないで試験だけで単位貰おうという不埒な学生が少なくなったとも思える。
 惜しむらくは、レポート提出は出席の方に入れておいても良かったのではないか。設問がどうもグータラ学生を浮き彫りにしたいというような意図で満ちているようにも思える。

 学生が自分で調べる授業と教員がする授業のどちらが良いか、というのもある意味でシビアな判断だと思う。端的に知識の無い学生がゴチャゴチャやるよりもしっかりした知識を学びたいと学生が思っているだけかもしれないのだ。
 実際、学生に任せたゼミみたいな話で言えば、どうも発表の方ばかり意識が向いていて建設的な意見交換があったかどうか、正直疑わしいところ。ある程度の知的訓練を積んできた連中がゼミなりやれば一定の効果もあるのだろうが、学生はそういう連中ばかりではない、という事だ。

 上記よりこの記事を考え直せば、結局のところしっかり学びたいと考える学生に対して、何だかよくわからない、参加型みたいなイメージを押しつけ過ぎていて、学生としてはちょっと困っている、というところだろうか。

 親の心子知らずという話もあるが、一方で、子供に良かれと思って結果として空回りしている親を見ているようでもある。

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車でテレビ その2

 先日は車のダッシュボードについている画面でテレビを見るというのは日本に特有の行為である、という事について話をした。
 今日は何でそういう文化が日本で発達したのかを考えてみたい。

 まず考えられる一つの理由は小さい画面に抵抗が無いという事だろう。何しろ諸外国の連中は広い家に住み、隣の家まで何キロみたいな世界に住んでいる。
 そういう人たちからすれば、あのような小さい小窓でテレビを見るというのは考えられない窮屈さがあるのではないか、という話だ。

 その他に考えられる理由は無いだろうか。例えば車に乗りながらテレビを見る文化が定着した方が得になる連中はいないか、という観点で考えてみる。
 すぐに思いつくのはやはりテレビ関係者だ。何しろ移動時間の連中まで見てくれるという事だから、視聴率にも寄与するのではないか。
 しかしながら、こちらのサイトを見て頂ければお分かりの通り、車についているテレビの視聴率は全く関係ないので、これがインセンティブにはならない。

 であれば、広告屋はどうか。これは美味しいだろう。何しろ皮算用で生きているような連中であるから、全国にある車が○台、そのうち、テレビを見ながら走行している車が何%であるから、これくらいの人数が見ている可能性がある、とちゃっかり、CM販売の際のTVCMの価値を上げる為の数字根拠として使っている可能性がある。これは、当然ながら広告会社から金を貰うテレビ局もグルになってのやっていく話だ。

 そうして、もうひとり確信犯的な存在がある。何を隠そうNHKである。こちらのサイトに記載されている通り、事業用の車であれば車一台に対して受信料が発生するとの事。つまり、NHKとしては、カーナビでTVを見る文化を醸成して、カーナビには絶対TVがついているようにする、というところまでやってしまえば、あとはオートマチックにカーナビがついた分だけ料金請求できるというものだ。
 ある意味でこれはとんでもない話である。どこまでかっぱぐつもりなのか。であれば番組の質を落としても良いから、こういう訳のわからない請求の仕方はしないで頂きたいと切に願うばかりだ。

 いずれ、こういう風に考えていくと、WSJがむしろ話題にしたいのは不思議な日本人の文化風習ではなくて、これらを仕掛けている連中の腹黒さを暴きたい、というところなののではないか、とすら思えてくる。

 何とも乗せられる方も乗せられる方だなと思いつつ、今日も車でテレビを見る訳である。

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